ブルシット・ジョブ 書評 ~クソどうでもいい仕事~

ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事 

(著:デヴィッド・クレーバー 2020年)

コロナの際、自宅待機で経済活動が回らない、と言われていましたが、皆様はどのように感じていますか?

雇用の不安もありましたが、多くの人がコロナ禍を乗り越えていると思います。

エッセンシャル・ワーカーと呼ばれる方々は、コロナ禍でも外に出て仕事をしていました。

一方、テレワーク設備も今ほど整っていない環境の方は、家で待機していただけという方も、本音でいうといらっしゃると思います。

 ブルシット・ジョブとは、簡単に言うと副題の通り「クソどうでもいい仕事」です。

書籍の中でのブルシット・ジョブの定義です。

ブルシット・ジョブとは、被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完全に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態である。とはいえ、その雇用条件の一環として、本人は、そうではないと取り繕わなければならないように感じている。

無駄な会議に関する調査結果があります。

会議をムダだと思っている人の割合はメンバー層で23.3%、上司層で27.5%だということです。
それらの数値を用いて「ムダ会議」によって失われているリソースを計算すると、1万人規模の企業では人件費として15億円の損失が発生しているというのです。

 「ムダ会議」による人件費の損失 (出所:パーソル総合研究所・中原淳(2017-8)

コロナ禍によるテレワークへの移行は、「ムダ通勤」の存在を暴いてしまいました。
また、「令和の大リストラ」は、多くの大企業が「負債人材」を抱えていたことを明かしました。

京大の酒井敏教授が「なまこ理論」:ブルシット・ジョブで人も組織も疲弊するくらいなら、なまこを見つけるために自由に外に放ったほうがいいという理論です。

引用:「第2回『京大おもろトーク:アートな京大を目指して』〜京大解体」京都大学

皆さんの仕事がブルシット・ジョブになっていないことを信じています。